Mms.apk.froyo.jakeMod5に更新しました。(2010/8/2)
Mms.apk.froyo.htc.jakeModExperimental4 アップしました。(2010/8/6)
Android 2.1 (Eclair)をお使いの場合はこちらへ
Android 2.2のソースコードがいよいよ公開されたということで、Softbank MMS対応すべくさっそく AOSP(Android Open Sourcee Project)からFroyoのソースを取得してビルドしてみました。
ソースコードを概観したところの感想は次のようなものです。
- Softbank MMSの問題を引き起こしていた部分は、EclairでのAOSPの有志の方のコミットにもかかわらず反映されていないようでした。
- 特にFrameworks.jarに含まれる Pdu関連のソースは手つかずのままFroyoに持ち越されている様子。
- Mms.apkについては、いろいろ手が加わっており、Eclairでの些細なバグなど(文字化けとか)が修正されていました。
Eclairのソースで施した手当と同じことをFroyoに施してコンパイルしなおしました。チャレンジャーの皆様の役に立てばと思います。
CyanogenMod6をお使いなら
CyanogeMod 6 ROMをお使いの場合は、なにもしなくてもSoftbankでも利用可能です。当方のMms.apkと置き換えるメリットを考慮の上判断してください。
OpenDesire 3.0.x以上をお使いなら
UserAgent指定などのオプションや、SoftbankのMMSを利用するための最小限の更新が含まれています。
当方のMms.apkを利用するメリット
ROMの更新や各方面の方々の対応、Softbank本家の対応予定など、当方での仕事も役目を終えつつありますが、現時点でなおも当方のMms.apkを利用するメリットとしては次のような点になります。
- アプリ間の連系で emailto: URL Intent を受け取れるように設定しています。
- Eメールアドレスで送受信した場合のコンタクトのアイコンやアドレスの新規登録処理で、ちゃんと電話番号の場合と区別して処理されるようになっています。
- HTC由来のROMをご利用の場合
ソフトバンク本家の謹製アプリが出るまでは、当方で特別対応したものが有効だと思われます。
Mms.apk置き換え時とその後の手順
rootを取る手順や Mms.apk を置き換える手順については各方面で紹介されているのでここでは省略します。
Mms.apkファイルをインストールするとき
/system/app/Mms.apk ファイルを置き換えます。同じディレクトリに Mms.odex ファイルが存在する場合は必ず削除します。
Mms.apkファイルを置き換えて再起動後
User-Agentの設定を必ず行ってください。ソフトバンクで使用する場合はこれを行わないと始まりません。



それでもうまくいかない場合・・・
- 「モバイルネットワーク」設定(APN設定)でMMSの設定はできていますか?
- User-Agentの設定をいろいろ変えてもだめですか?
ダウンロード
Mms.apk.froyo.jakeMod5
- chanogenの更新の取り込み(フォントサイズ指定など微小な修正)
Mms.apk.froyo.jakeMod4
- AvatorのEmailアドレス対応の修正
- 文字の大きさ設定、名前を表示しない設定の追加
- cyanogenからの追加(言語リソースの追加)
Mms.apk.froyo.jakeMod3
- 背景黒のオプション追加(cyanogenでの更新の反映) (2010/7/9までの分)
Mms.apk.froyo.jakeMod2
- cyanogenでの新しい更新を含む(2010/6/30までの分)
Mms.apk.froyo.jakeMod1
- multipart/alternative のメールが文字化けしていたのを修正。(当方のeclairのソースからのコピーミス)
HTC由来のROMの注意
なおHTC由来のROM(Sense UI付のもの)では上記のMms.apk では正常動作しません.
たとえば以下のようなROMは HTC 由来のものとなります。
- LeeDrOiD
- Oficial Froyo HTC Sense ROM
- DJ DROID。
以下に試験的に作成したバージョンを置いておきます。
Mms.apk.froyo.htc.jakeModExperimental4
- メッセージの送信で落ちる不具合に対処(できたか不明動作報告求む)
Mms.apk.froyo.htc.jakeModExperimental4 (871 kb)

iPhone + マリオのパワーアップきのこ = iPad
という式を茶化しているこの作品は面白いと思いました。iPadには大きさ以外に iPhone と比べて特筆すべき点はなにもないと馬鹿にしたかったのでしょう。しかしながら、実はこの「大きさ」の違いこそが Apple の周到な計画と深淵な狙いがあると思われる最大の点でもあります。
iPhone は携帯電話の操作性に革命をもたらしました。iPhoneが実現したタッチのユーザー体験は、コンピューターはキーボードを、携帯電話はさらに小さくなったキーボードをぱちぱちとたたいて文字や、数字、方向を入力するものという当然の概念を打ち砕いて成功した初めての例だったのではないでしょうか。タッチパネルの技術自体は新しいものではなく、感圧式のもの、静電式のもの、タブレットPCやPDAでさまざまに使われていたのは周知のとおりです。しかし、いずれも、入力デバイスの主役はどうしても機械式のキーボードのほうで、タッチデバイスは操作の一部を簡略化するための「補助的」な入力装置にしかなれなかったわけです。その証拠に、タブレットPCには、取り外せたり、折りたためたりできたとしても、常にキーボードがついていました。PDAも日本のいわゆる「ガラパゴス携帯」も、タッチ機能もあるけど、やはり、数字版は機械式のボタンだったり、しっかりQWERTYキーボードがついていたりしてその機械の感触を脱ぎ捨てることができないでいました。機械式のキーボードが良いからなのではなく、タッチデバイス上にいまだかつて人が直観的と感じられる十分な体験が実現できないでいたからです。そういう意味で、iPhoneやiPodがなしえた成功はコンピューターマウスの発明にも匹敵するかもしれない大きな飛躍であったといえるでしょう。
選択する、上下左右の方向を入力する、ページをめくるなどの操作を、キーボードやカーソルキーではなく、人の直観、人が実生活の上で当然のように行っている、「指」で方向を示し、紙をめくりなどの直観的操作でタッチパネルの上に実現できたということです。タッチパネルの技術なんか昔からあったと、日本のモノづくり職人は負け惜しみを言うかもしれませんが、Appleの偉大なところは、そこを、平均的な「人」に受け入れられる程度のユーザー体験としてまとめ上げたところにあるんだろうと理解しています。
さて、大きさだけが違う iPhone と言われた iPadですが、まさに、その大きさが、雑誌やカタログの1ページ、あるいは文庫本の見開きサイズに近い絶妙さがキーポイントだと思います。文庫本にしても、1ページのサイズではなく、見開いた2ページ分のサイズが確保できるという点。なぜなら、iPadのスクリーン上で、開いた本や、Webページは、もはや携帯電話でやっていたような、見たいところを大きく引き伸ばさないと文字さえ読めないという状況を克服しているからです。見たいところを狭いスクリーン上にスクロールしてもってくる、そして拡大して「引き延ばす」という、簡単そうで、大変な手間のかかる操作を省略したその1歩が偉大なんだといえます。
かつて、Amazonが「1クリック特許」をとって評判になったことがありますが、コンピュータの使い手はいつも、1ステップでも楽をしたい、楽なほうがいいと意識的、無意識的にも思っているものですし、現にそういう方向に進化してきました。iPadのサイズは、そういう意味で、コンテンツを開いて、そのまま「読書」に入ることのできる広さを持っています。そこが成功の鍵であろうと確信しています。
さて一方で、かの国のiPadコピー商品や、iPadに続けとばかり各種ハードメーカー、携帯電話メーカーがリリースする類似の製品に目を向けてみると、そこに、大きな問題があることに気が付きます。
iPadがほぼ10インチ(9.7インチ)であるところ、後に続くiPadを「マネ」した製品のスクリーンサイズはいずれも、4インチから大きくても7インチ程度。いったいどういうことでしょうか? 7インチはもちろん、iPhoneより大きいですが、文庫本なら見開きじゃなくて、片開き1ページ程度にしかなりません。果たして、iPadの10インチのスクリーンサイズの深淵な意味をこれらのメーカーの方々は理解されていないのでしょうか?
言い訳が聞こえてこないわけではありません、スクリーンが大きければバッテリの消費も大きいし、ハード自体のコストも上がる。しかし、iPadがなぜ7インチじゃなくて、9.7インチなのかにはやはり大きな意味があって、そこに、人々に受け入れられるか入れられないかの境界さえもあるような気がします。なぜ、文庫本、新書本、単行本などがあのサイズなのか、なぜカラー写真いっぱいの雑誌があのサイズで出版されているのかには、深い深い歴史的な意味があるはずです。雑誌を読む人は、美しい写真を、できる限り視野いっぱいに楽しみたいはずです。文庫本が、iPhoneのサイズで、1ページずつしか開いて読むことができなかったら、それだけでストレスを感じてしまうはずです。
タッチの技術はまだ黎明期であるといえるでしょう。今後ますますかっこいいデバイスが登場してくるのが待ち遠しく感じられます。